Last Update:02/05/23
 
 

「九徳」

「指導者の帝王学」山本七平 著より


十二章
「身につけるべき心がまえ」
 
何をもって「徳」とするかという問題がしばしば話題になる。徳のある人に天命が下り、その人物がリーダーになるともいわれる。「徳」とはいったい何を言うのか。
 
企業の経営者と話をしていると、「それは人望だ」とよく言われる。では、人望とはどういうもので、どうすれば人望を得ることができるのかを尋ねると、「人徳がないと駄目だ」と言う。さらに、人徳とは何かときくと、「人徳は人徳だよ」と堂々巡りのような答えになって、それから先に話が進まなくなる。
 
しかし、われわれは、人徳がない人間はリーダーになれないし、天命も下らないという概念を伝統的にもっている。逆に言えば、リーダーにはこの「人徳」を期待している。
 
「人徳」の定義で有名なのは、舜帝(しゅんてい)の臣、皐陶(こうよう)が、舜帝の前で語った「九徳」といわれる九つの徳目である。その徳目とは、
 
寛にして栗(りつ)  ・・・寛大だが締まりがある
柔にして立      ・・・柔和だが事が処理できる
(げん)にして恭  ・・・真面目だが丁寧でつっけんどんでない
乱にして敬      ・・・事を収める能力があるが慎み深い
(じょう)にして毅 ・・・おとなしいが内が強い
直にして温      ・・・正直、率直だが温和
簡にして廉      ・・・おおまかだがしっかりしている
剛にして塞      ・・・剛健だが内も充実
(きょう)にして義   ・・・豪勇だが正しい
 
の九つである。
 
これは、「貞観政要」にも朱子の「近思録」にも登場する。
 
これを読んでみても、たいそうなことが書いてあるわけではない。「大したことはないな」と思われる人もいるだろう。
 
儒教の教え方は、「〜であるなかれ」ではなく、常に「〜であれ」という言い方をする。儒教の影響を強く受けている「教育勅語」のなかにも一言として、「〜であるなかれ」という言葉は出てこない。すべて「〜であれ」という言い方になっている。
 
ところが、ヨーロッパの伝統はこの逆であり、「旧約聖書」は常に「〜するなかれ」というかたちになっている。大脳生理学の研究者にきいてみると、記憶に強く残るのは、「〜であるなかれ」のほうだそうである。
 
ここで「九徳」を逆に考えてみたい。「九徳」は相反する言葉が対になっているので、これを全部否定にして「不徳」に書き換えると、「十八不徳」ができる。「十八不徳」の人問はつまり、徳のない典型的な人間ということになる。列挙してみると、
 
「寛にして栗」の逆は、「こせこせとうるさいくせに、締まりがない」
「柔にして立」の逆は、「刺々しいくせに、事が処理できない」
「愿にして恭」の逆は、「不真面目なくせに尊大で、つっけんどんである」
「乱にして敬」の逆は、「事を収める能力がないくせに、態度だけは居丈高である」
「擾にして毅」の逆は、「粗暴なくせに気が弱い」
「直にして温」の逆は、「率直にものを言わないくせに、内心は冷酷である」
「簡にして廉」の逆は、「何もかも干渉するくせに、全体がつかめない」
「剛にして塞」の逆は、「見たところ弱々しく、内も空っぽである」
「彊にして義」の逆は、「気が小さいくせに、こそこそと悪事を働く」
となる。
 
「不徳の致すところ」という言い回しがあるが、この「十八不徳」がまさにそれである。
 
「十八不徳」をもつリーダーの下で働きたい人がいるかといえば、だれもいないのが当然である。これは日本だけかと思い、海外協力センターで日本で仕事をしたいという人に、日本の事情を話す機会をもったとき、「日本では九徳という概念があり、それを裏返した十八不徳のリーダ一の下では、絶対に人は動かない」と話した。ところが、彼らに「それはどこの国でも同じであって、そういうリーダーの下だったら、働きたいと思う人はいませんよ」と教えられた。
 
したがって、これは古い言葉であるが、二十世紀の現代においてもいささかも古びていないのである。しかも、儒教文化と全然関係のないヨーロッパ人にも通用してしまうところが面白い。つまり、こういう人間は、世界中どこの国に行っても、リーダーになるのは絶対に無理ということだ。
 
生まれながらにして「九徳」すべてを備えているような、完壁な人間などいるはずがない。「論語」のなかには「有教無類」という考え方があり、人間には生まれながらにして類別があるのではなく、教えがあるかないかだけだといっている。その教えが今日はいったいどのくらい実践できたか、自己評価をしていく。それが修養であるといった。つまり、生まれながらにはもっていない「九徳」を、いかにして獲得するか。そして、「九徳」に一歩でも近づくように修養するのが、リーダーの務めということになるのだろう。

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